一般的に市場原理が、上手く働いているとは
1. 消費者にとって
・ 価格と品質について十分な情報が提供されている。
・ 提供者毎の価格/品質を比較出来る。
・ どのような商品やサービスを受けたいか、消費者自身が理解している。
・ 個々の消費者の選択が、他者の需要に影響を与えない。

2. 商品/サービスの提供者(以下:提供者)にとって
・ 商品/サービスごとに受け取る対価が明確である。
・ 定価での支払いをしたがらない消費者へのサービスの提供を拒否出来る。

しかしながら、これら全てヘルスケアにおいては成り立ちません。米国のみでなく、日本においても全く同じ事が言えます。例えば、歯科医院を例にあげてみましょう。そもそも患者に取って歯科医療はブラックボックスである上に、実際に治療を受けてみるまでは、いくら治療費がかかるかが不明である事が多々あります。故に、過去に医療法人において後続の指導の際には、治療毎の費用、つまり患者さんにとってどの程度負担のかかる医療サービスを提供しているのかを把握してもらうようにつとめていました。しかし、私自身も時として正常な感覚を失い、パターナリズムに陥ってしまう事がありました。

また、患者さんから見て、治療の質や価格について、地域内の歯科医院でどこが高品質/低価格かなどを知る事は実質的に不可能です。それは、歯科医療の家内産業的業態に起因します。歯科医院のレイティングサイトなども存在しますが、Michael E. Porterが、医療の競争原理として捉えている”医療の価値”(例えば、経費100円当たりの健康上のアウトカム。治療の経費当たりの費用対効果と言えば分かり易いでしょうか)を基準にしたサイトは、少なくとも私の見る限り存在しません。

既存のサイトは、院の設備/雰囲気/接遇レベルなどの、サービス業的要素に焦点を当てられた物が多く、また網羅的なマーケットリサーチに基づいているようでもありません。無論、アメニティーの充実等は重要ですが、患者さんにとっての実質価値である一番大切な診療実績(分かりやすく言うなら、治療した後、どの程度同じ口腔機能状態を維持出来ますか?)という点に焦点を当てられていません。しかしながら、医療提供者の診療経験、診療規模を元にレイティングの基準されている場合、多少なりとも役に立ちます。つまり、経験/規模が組織としての学習が診療にもたらす価値を高めると言えます。

私が言いたいのは、レイティングサイトには一定の価値がある可能性があるが、一番大切な要素を評価基準に入れられていないという事です。この結論は、診療実績を公開すれば良いという簡単な議論につながりますが、それはそれで難しい問題です。その理由として、
⑴ 歯科保険制度のいびつさ
⑵ 家内産業的業態によるクオリティー/モラルコントロールの難しさ
⑶ 治療提供者の保守性
があげられます。これらは、特定の医療関係者を批判できるような単純な物ではありません。これは、歯科関係者なら容易に理解出来ることかもしれませんが、⑴故に、診療実績評価の基準と成る保険カルテを通じた、正しい診療実績の評価は難しく、納得のいく評価基準が設定されない限り、⑶は当たり前の事です。歯科医療の性質上、変えようのない⑵がより一層、それらを加速させていきます。つまり、国策レベルから現場レベルまでの全歯科医療関係者に責任があると言えます。詳細の記載はいたしませんが、Michael E. Porterの著書、「医療戦略の本質」によれば、患者自身にも現状に対する責任があるとの事です。但し、私はこの点については、論理としては納得がいく反面、実際に現場を知る歯科医師としては、患者に責任を問うのは腑に落ちない感覚を覚えます。

過去、20年近くにわたり、歯科医療に対する国費は約2兆5000億円で推移しています。停滞しているとは言え、実質経済の成長や歯科医師数の増加を考えるに、寧ろマイナス成長をしている産業として取られても仕方がないように思います。Peter Drukerの先進国の医療費に対する見解、「多次元化国家において医療費は抑制される」という言葉を地でいっています。その状況下において、医療費の拡大を政府に要求するだけの戦略では、歯科医療の市場としての未来は、より一層、求めるべき“医療の価値”に焦点を当て、診療実績評価を行う事から乖離していく事が考えられます。結果、日本が誇るべき皆医療保険制度のもとに提供される治療の質を保つのは、個々の歯科医師のProfessionalismや良心に基づくとも言えます。(一つ明確に御伝えしたいのは、素晴らしい治療を提供する事に真摯に取り組む歯科医師は数多くおられます。その一方で、歯科医師という職種に不適合な方も多くおられます。分かりやすい要素としては、先天的な手先の器用/不器用があります。この職業は、スポーツ同様に向いているか向いていないかが明確に分かれます。但し、スポーツ以上にある程度、努力で補われているように思います。)また、モラルハザードを起こしている歯科医師が存在する事も事実です。米国の医療も実際のデータを見ると、治療の質のばらつき/治療法の偏り等が非常に大きい事が分かります。これは、日本の歯科医療にも間違いなく言える事です。

医療の保守性/個人情報の問題等から、仮に国策として取られても進行が遅れる事は目に見えていますが、歯科大学等には、比較的正確な診療データが一定規格の元に継続的に保存されていると仮定したなら、ビックデータの活用により、類似する症例におけるクリティカルパスとなる治療の抽出が可能になるのではないか。それは歯科大学の社会的存在意義を高める戦略になるのではないか等と考えていますが、実行可能性を感じられない理想論のようにも受け取れます。私は起業家になりますが、あるいは、実行可能性の高い歯科医療の産業として取るべき戦略を考え続ける事も大切なのではないかと、思い上がりに似た感覚を持つ時もあります。