アメリカでは、Thanks Giving が凄く重要視されています。家族と過ごす大切な日との事・・・日本でいう正月みたいなものでしょうか。ちなみに、2014年1月は、2日から授業があります。

特に帰郷する予定がなかったJason/Haji/Luisと、ソーテルに日本食を食べに行きました。
ここ最近、Jasonの底抜けで嫌味のないfriendlyさと彼の持つ特有の空気感に感心させられています。

Andersonのcleaning staffの人々まで彼にかかると友達になってしまい、一人一人を名前で呼んでいます。ソーテルでは、コーヒーショップに入った直後に、店員さんとあまりにもにこやかに話し始めるので知り合いかな・・・?と思って聞いていたら、「ところで、名前なんていうの?」との事・・・初対面かい!!骨折して松葉杖をついている方にも、「どうしたの?大丈夫かい?」という具合で・・・話しかけられる側も、警戒心を持たずに自然に受け入れてしばし談笑を楽しむことができる・・・そう言う空気感をJasonは持っています。

私の性質として、特に先天的要素や経験の質に左右され、自分に無い/届かないと判断した能力については、できない事はやらない方がよい事としてばっさり切り捨てています。後天的に手に入れられるものでその価値を見出した価値・経験・性質・ Achievementsなら、自分に相当な負荷をかけてでも手に入れます・・・昔の会社内で時間をかけて構築した立場を問わず”自分の意見”を遠慮なく言い、議論し、受け入れ合う環境だとか、Professionalとしての自分を捨てて、Business Schoolに今いる事がそれを証明しています。

ただ、強い向上心を維持しながら、何かをばっさり切り捨てられるようになるのは、それなりに時間がかかることです。要するに線引きの難しさかもしれません。客観視できれば、線引きの判断については無責任に冷たく見られるが故に簡単なことなのでしょうが、人は主観で生きている以上、一つ一つが真剣に捕らえなければならないことですので・・・そこが上手い人は、自分を受け入れることが上手い・・・かっこつけない人という事かもしれません。これは、なかなか難しいですね。

私自身、無理なことへエネルギーを裂くことに価値を見出さなくなった今でも尚、Jasonのような、人としてのはじけるような魅力を見た際に「こういう人になりたい」と憧れてしまいます(笑)これは叶うことが無いと分かっていながら・・・人が共通して持ち続ける当たり前の願望なのか・・・まっ、どちらでもよいです。そういう自分が持ち得ない魅力を持っている人達が、周囲にいてくださって素敵な空気感を作ってくれている方が、自分自身が無理して足をつらせるより良い時間を与えてくれますので。プロスポーツの試合を見て、憧れながらも一体感を持ち、応援している時に近いのかもしれないです。

ところで、そう言う願望は一切無いのですが、今朝、自分が死の瞬間を迎える夢を見ました・・・親しい人が側にいて、全然不快感はなく・・・寧ろ静かに身体の力が抜けて行き「穏やかで小気味良い終わり方だな」とか思いながらホワイトアウトしたら目が覚めました(笑)

昔から、何度かは見たことがある夢なのですが・・・毎回、悪い感覚は全く残らない・・・不思議な夢です。

昔、Professional教育で、人の自分の死を受け入れるまでの思考の推移について学んだ時、気持ちが落ち込みました。別の観点からものを見たくなり「般若心境」の解釈本を読み・・・不思議と死への恐怖感もうすれました。それ以降、見るようになった夢です。とはいえ、それは実際に自分が死ぬ現実感が無いからこそです。故に、浅い夢だな・・・と思います。とは言え、現実として数十年後にそう言う終わり方になればいいな・・・とも思います。

社会的に、起業家として成功した後には、お寺に入りたいな・・・とかたまに思います。

まっ、今の私は資本主義の士官学校にいて、富や名声を良しとして前に進むことが当たり前ですので、当分はこっちサイドを楽しみます。